• [2024年]能登半島地震・豪雨
  • 令和6年1月1日地震発生、3日より能登入りし活動開始。 9月21日には豪雨災害も併発、能登町を中心に奥能登各地で活動を展開する。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月4日~4月1日

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月4日〜8日
少人数ではありますがそれぞれできることを続けています。
サロン活動と並行して、重機チームは海沿いで崩れた土砂の整地をおこないました。
社協から相談がきた翌日に現地調査からそのまま活動、住民さんにも安心していただけました。

そのまま週末に入り、「わかものと」や地元金沢大学の学生など若手が集まってくれました。
人数が必要だった案件に社協のボランティアさんにもきてもらって一緒に活動。

地震で崩れてしまっていた地域のお墓へとのぼる道の土留めを行いました。重機も入れない細い私道のため、住民さんたちもずっと気にかけておられました。
活動をしていると近隣の方々みなさんが話しかけてくださりました。

夜にはオンライン活動報告会。ネットが衛星接続で常時安定しないため、お聞き苦しいところもありましたが、いつも能登を気にかけてくださっている皆さんとお話できました。
地元からも参加し、能登の今とこれからをお話して共有していただきました。
ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。

~3月11日~
14:46に鎮魂のサイレンが能登半島にも響きました。
活動の手をやすめてみんなで黙とうを行いました。
メンバーは石巻で今日を迎える人、福島でのメモリアルイベントにブース出展で向かった人、またあらたな災害地で活動する人、そして能登で活動する人とそれぞれの地にいます。

14年前、OPEN JAPANはボランティア支援ベース絆という名前で石巻で活動をしていました。
現在の長期メンバーの多くは東日本大震災をきっかけに災害支援にかかわるようになりました。

そして今、阪神淡路大震災から30年、東日本大震災から14年。
14年前小中学生だった若者たちが、仲間としてともに能登で活動しています。

あの時、私たちも先人からたくさんのことを教えられ、それぞれの団体や仲間たちがひとつひとつ災害支援を形作り今に至っています。
次の世代にも同じように伝え、ともに活動を行いながらまた進んでいきたいと思います。

日本海もぐるっとまわって太平洋までつながる同じ海。
今日の海に想いをたくしながら、「その先の笑顔のために」今できることを、できる場所で続けます。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月9日〜12日
毎年、3月11日に合わせて発送している報告書ができあがり、みんなで発送作業。またPDF版もネットで公開いたしますので準備ができましたらお知らせいたします。
重機による活動が続く中、ちょんまげ隊の企画で青山学院大学の学生アスリートたちが3日間にわたり珠洲、輪島、能登町でスポーツ教室やイベントを行いました。
学生アスリートのトップたちも参加してくれ、奥能登のあちこちで交流を進めてくれました。スタッフとして参加してくれた学生がレポートを寄せてくれています。

>>>以下レポート<<<

今回私達は、珠洲、輪島、能登町でのスポーツ教室や炊き出しなどを通して、復興支援活動に参加しました。
このプロジェクトを通して私が感じたことを、ここに書かせていただこうと思います。

私は生まれてから22年間、阪神大震災や東日本大震災といった大地震に遭遇することなく生活をしてきました。そして今回、能登半島内の被災地、避難所で暮らす人々の現状の厳しさを痛感しました。
あの日から本当に1年3ヶ月が経ったのかと思うほど、再建の進んでいない家やさら地の市場。まだ自宅の電気が通らず、避難生活を余儀なくされる地元の方。

もし自分がこの地で暮らしている立場だったら、どんな気持ちで日々を過ごしていたのだろう。そんな言葉が頭に浮かび、心が痛みました。
しかし、スポーツチャレンジで様々なスポーツを楽しむ子供達、暖かく出迎えてくださる地元の方々と接し、どんな状況であろうと今を懸命に生きる力強さに、私の方が沢山の元気と勇気を貰いました。

「復興のサポートをしたい」という言葉の重みを感じることができたからこそ、これから自分にできることは何か、支援の観点と防災の観点両方から考え続け、一つでも多くの行動に移していきたいと思います。
そしてこの3日間を通して、人との繋がりの大切さを改めて感じました。地元の方々をはじめ、参加していたアスリートの方々、様々な準備やサポートをして下さった運営の方々と活動を共にし、本当に沢山のことを学ばせて頂きました。沢山の素晴らしい出会いに感謝でいっぱいです!

3日間本当にありがとうございました。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月12~14日
九州から佐賀災害支援プラットフォーム(SPF)のみなさんが来てくれました。
2019、21年の佐賀県大町町での洪水支援、その後の北部九州豪雨での唐津市支援などたくさんの現場で一緒に活動したみなさんです。

地域による防災力の向上に力を入れ、重機講習などを積極的におこなっておられます。能登にもたびたびきてくれており、今回も2日間活動に参加されました。
たびたび地元で災害を経験されてきたみなさんですが地震と豪雨の重複災害のあとにあらためて息をのまれていました。

地震で崩れた重機の入れない私道の土留めを人力で行う活動でしたが、みなさんチームワークも素晴らしく、予定よりも早く完了することができました。
参加された方には地元で解体業を営む方たちもおられ、専門の人たちが地域防災にしっかりと関わっておられる様子も心強く思います。

佐賀で活動していた仲間たちも能登の各地で活動しており、SPFのみなさんもそれぞれの場所にいっておられました。
久しぶりの佐賀弁を聞きながら、各地から次の場所へ、次の場所へと支援をつなげていく役割も大切にしていきたいと思います。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月15~17日
週末にかけて各地からボランティアに参加してくれています。
能登半島豪雨発災当日にも能登にいたチーム虹の戦士のメンバーもまた新しい仲間をつれてやってきてくれました。
はじめて災害ボランティアに参加した仲間が能登で活動した感想を寄せてくれました。

>>>>以下レポート<<<<

初めまして、虹の戦士のなみです。
3/15は能登町のお寺で、重機を扱う皆さんのお手伝いをしました。今後雨が降る際に土砂がぬかるまないよう、土を固めた上で、水が脇を流れるようトタンと土嚢で側溝を作りました。
3/16は輪島市で土嚢の運び出しを行いました。水を含んで重くなった土嚢もあり、体力的に応えましたが、土嚢を運び出したお宅の方から御礼をいただいた際に、住民の方に役に立っていると実感できて嬉しかったことが印象に残っています。

今回ボランティア初参加で、参加前は資格や経験のない自分が役に立つか不安がありましたが、皆さんに優しく教えていただき、充実した活動ができました。
日頃から住民の方との関係構築や環境整備を行っておられるみなさんに改めて感謝の思いが湧きました。
未経験だがボランティアに興味がある知人にも声をかけ、また能登に戻ってきたいと思います。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月18~19日
明治学院大学の学生たちが能登での活動に参加してくれました。
輪島市の大沢地区で泥出しをおこなたり、自分たちの繋がりで能登島にある仮設住宅でサロンを行ってくれました。
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明治学院のリーダーの大坂です。
先日はお世話になり本当にありがとうございました。一緒に活動した4人はじめ、他のメンバーも能登でオープンジャパンさんと関われて本当に良かったと言っていました。
能登の関係人口を増やす、そして次は私たちが企画を持ってこれるように、また話し合って自分達の活動と能登に還元していきたいと思います。

能登に関してはもちろんのこと、
人の温かさや優しさ。
普段通り生活していたら気づかないようなことを改めて能登の皆さんはじめオープンジャパンの皆さんに気づかされました。

今後もオープンジャパンのご活躍を願うと共に、私達も引き続きよろしくお願いいたします。
改めて、今回はお世話になりありがとうございました。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月20~21日
豪雨災害から半年がたちます。休日を利用して各地から仲間が集まっています。
長らく孤立状態が続いていた輪島市大沢地区では連携団体のSeeds of hopeやDRTのみなさんが活動を続けています。

関東の大学生たちが駆けつけて一緒に活動されていました。OPEN JAPANに来ていた関西の学生や神奈川からの仲間たちも合流してともに活動しました。
「昔はあそこまで海があって、魚も取り放題やった」と間垣で囲われた集落を一望できる高台から住民さんが教えてくれました。

地震で隆起し、陸地となってしまった漁港には9月の豪雨で土砂が堆積していました。孤立したときに船着き場に書かれた大きな「SOS35名」の文字が今も残っています。
まだ電気も水道も復旧していない中、帰ってきておられる住民さんもおられます。少しづつ、たくさんの人たちの力でこれから復旧へと歩み始めている地域が今もまだあります。

同じく輪島市で能登町と隣接する町野町では災害から地域のためにと再開した「スーパーもとや」さんであらいぐま能登のみなさんが写真洗浄会を開催しました。
地元の方と一緒に災害でよごれてしまった写真のレスキューをおこなっています。

中高一貫の学校から生徒たちがボランティアとして参加、近所の泥出しを行うとともに太鼓の演奏も披露してくれました。
同じ会場では北海道から「石狩思いやりの心届け隊」が町野で炊き出しを続けているボンド&ジャスティスと一緒に炊き出しを行いました。
音楽と北海道の野菜たっぷりの元気鍋で町野の皆さんも笑顔いっぱいでした。

チームGのみなさんも門前での炊き出しに能登入り。町野の炊き出しをお手伝いされたあと、ODEN JAPAN号とともにおでんを門前で出されていました。石狩思いやりの心届け隊も同じく門前でラーメンを提供。
門前で行われたイベントは大盛況だったとのことです。
日本全国からたくさんの仲間が駆けつけてくれています。私たちもともに活動しながら、そのプラットフォームとしての役割も果たしていきたいと思います。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月22~26日
引き続き連携団体がコーディネートしている輪島市大沢地区での活動が続いています。
「わかものと」の学生たちや各地から参加してくれている仲間たちと人力で敷地内の泥出しなどをお手伝い。
重機隊は家屋裏の土砂撤去を行っています。

能登町からは片道一時間半の道のりですが、これまで道が通らず入れなかったことを考えるとみんな一日も早く安心してもらえるようにと通っています。
連携団体のDRTと集まる消防有志のみなさんも同じ地区で活動、漁港の中に散乱していた流木を撤去しておられました。

日に日に片付けや船を見に帰ってこられる住人さんたちが増え、あちこちで声をかけていただいたりお話をしてくださるようになりました。
能登町の案件も行いながら、いましばらくこちらにも通っていきたいと思います。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月27~29日
年度末の忙しい時期ではありますが全国各地から仲間が能登に駆けつけてくれています。
北海道から「一本」さんが6回目の能登入り。各地でマッサージサロンを開いていくださっています。

橋の下世界音楽祭のみなさんも町野もとやスーパーにて町野音楽祭を開催、たくさんの人が音楽を楽しんでおられました。
重機隊は能登町内の土砂撤去活動。また今後使う土嚢づくりを社協のボランティアさんと一緒におこないました。

連携団体のSeeds of hopeがコーディネートする輪島市大沢地区でも引き続き活動。
週末には孤立していた集落に奥能登で活動する各連携団体に集まる80名のボランティアが参加するということで、泥出し準備のために家屋の養生を行いました。
また泥がはいったままになっていた納屋の泥出しと漁具の洗浄も。

地震で隆起し、豪雨で土砂が流れ込んだ港内の流木撤去をDRTのみなさんが行っておられました。
春のワカメ漁が最盛期に向かう頃です。船を重機で海が来ているところまで運び、仮設の船着き場を作っておられました。

漁師さんたちがみな笑顔でワカメのことや、沖合でとれる魚のことを教えてくれました。
「この辺は天然のワカメを刈っていて、そりゃ柔らかくて甘くておいしいんよ。メカブなんかは煮込んだらとろけるからな」

また、海に出られる。その一点だけでまだ水も電気も復旧していない集落に静かに活気がみちているように感じられました。

【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 3月30日~4月1日
能登町内での重機案件やサロン活動などが続いています。
年度替わりにともない社協、能登町役場ともMTG、ニーズのすり合わせや今後についてを打ち合わせました。

地域ニーズのご依頼もあり、国重地区では住民の皆さんが行われる道普請のお手伝い。いっしょに側溝や斜面の清掃を行いました。
30日はチームGのみなさんが、メンバーの会社のボランティア部を引き連れて仮設住宅でボッチャ大会を行ってくださいました。
ボッチャとはヨーロッパ生まれの競技でパラリンピックの正式種目としても採用され、誰でも楽しめるスポーツとして普及が進んでいます。
以下、チームGからのレポートです。

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ボッチャで能登を盛り上げよう!と企業内有志団体であるd4gボランティア部(通称「ボ部」)と、チームGの連合チーム(D&G?)が能登町応急仮設住宅うかわ団地でボッチャ大会を行いました。
ボッチャはもともとパラスポーツなので、お年寄りも子どもも参加でき、初心者でも簡単。
そして一度プレイしたら必ずハマる。

能登で大会を開催したらよいのではと2024年春に企画していたのですが、受け入れ先探しが難航していたところOPEN JAPANの協力により実現しました。
阿波踊り練習や、能登町音頭の練習にも飛び入りで参加し、場もあったまったところでテスト試行。

人が集まってくれるのか不安もありましたが、団地中から愛されているリキさんが放送をしてくれたり、ボ部メンバーで各家の玄関まで行って直接声かけしたりしたところ約20名が集まり、2時間程ゲームを楽しんでいただくことができました。

ほとんどの方がボッチャ未経験。
最初は恐る恐るボールを触っていましたが、いざ始めるとみなさん真剣そのもの。スーパープレイが連発して大変盛り上がりました。
老若男女、お互いに名前を呼び合って応援する姿もコミュニティとして理想のように感じました。

 

特におじいちゃんおばあちゃん達が予想以上に楽しんでくれました。
「集会所でただダベることが多いので、これは楽しい」
「ボッチャセットはいくらで買えるの?」
「次からTVでボッチャを楽しめるわ♪」
「また来てね」

など声をかけていただきスポーツの力を改めて思い知ることができました。
こうした体験会をいろいろな仮設住宅で開催していくことで各コミュニティの課題解決に貢献できる可能性があるのではないかと思いました。

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