OPEN JAPAN 災害緊急支援プロジェクトとは(活動内容)



私達、一般社団法人OPEN JAPAN-オープンジャパン(旧ボランティア支援ベース絆)は、日本全国にネットワークを持つ団体や個人の集まりです。 2011年3月11日から約1週間後、震災直後から東北入りしていた、過去の災害地でも行動を共にした仲間が石巻に集結しました。石巻市南境にある集会所を借り、一つ屋根の下で各団体、各個人が連携を取り活動をスタートしました。それぞれの得意技を生かしたボランティア活動で着々と地元の方々と繋がりが生まれてきました。そしてそのコミュニケーションの中から生まれてくるニーズに対して、横の連携をとりあいながら対応をしてきました。
東日本大震災後も、それぞれの団体や個人を通じた、人と人との繋がりで毎日多くの仲間たち、ボランティアがOPEN JAPANと関わり続けてくれています。誰かの友達がベースにやってきて、その友達がまた友達を連れてやってくる。一度帰った人が1ヶ月後にまた来てくれる。そんな連鎖を繰り返して、わたしたちOPEN JAPANは活動を続けています。
重機を使った瓦礫や土砂の撤去作業も行ないます。床上浸水された民家では床を剥がし、必要であれば床下に潜り、床下の泥をかき出し清掃、消毒まで行います。避難所生活を送っているお母さんたちと一緒に炊き出しします。壊滅的な被害を受けた小さな漁港の漁師さんたちと牡蠣の養殖したりもします。カヌーに乗って漁船が入っていけない浜や、海に浮かんだ瓦礫の撤去、漁具の回収もします。常にそこで生活する方々の気持ちに寄り添った支援をその場その場で考え、話し合い、形にしていきます。
大きな組織的なボランティア団体と違い、柔軟な対応がすばやく臨機応変にできるというメリットがあります。わたしたちは地元の方々と話をします。そのなかで色々なことを教えていただきます。大切なご家族を亡くされたこと、家が流されてしまったこと。そして、災害前とまではいかなくても、今よりも少しでもよい状態になりたいと懸命にがんばっている姿を見てわたしたちが励まされることもたくさんあります。誰かのお役に立ちたいわけじゃなく、知り合ったひとりひとりの方の喜ぶ笑顔が見たい。私たちの原動力はその絆を大切にしています。
絆からOPEN JAPANへ(沿革・活動場所)
OPEN JAPAN
日本カーシェアリング協会
吉澤武彦
2012年3月11日。活動を終える多くの支援団体を横目に、私たちはボランティア支援ベース絆からOPEN JAPANへと名称を変更しました。『日本を開く』活動を今、ここから始めるという決意の意味を込めて。しかしこの名称には、もう一つ別のささやかな意味が込められています。そのことついて少し私の方から、私個人の目線で説明をさせていただきたいと思います。
私の大先輩である吉村誠司さん、木村とーるさんは共に阪神淡路大震災の際、支援団体『神戸元気村』で活動された同志でした。お二人はその神戸元気村での経験を元に、日本財団の黒沢さんの協力を得て『ボランティア支援ベース絆』を立ち上げ、様々なプロジェクトを展開していきました。ですので、私達の取り組みのルーツはある意味、神戸元気村にあると言えます。
神戸元気村は阪神淡路大震災の時に7年半活動した非営利の団体です。その活動記録には最初の5か月で50以上のプロジェクトが実施されたと記載されています。それらを今見てみると、この一年被災地で実施された様々な活動の一つの雛形になっていることが良くわかります。
【ー阪神 淡路大震災ー 救援 支援活動報告集ー】
http://www.gassan.jp/genkimura/kobegenkimura.html
【神戸元気村の歩み】
http://www.peace2001.org/genkimura/
そして、神戸元気村を語る上で外せないのが代表の『山田バウ』さんという優しい瞳をしたおじさんです。
バウさんは、神戸での支援活動以外にも、オゾン層保護活動、ナホトカ号重油事故、いのちの火、ソマチッド基金…たった「一人」から様々なプロジェクトを生み出し、そして表にはできるだけ出ずに人を育てながら縁の下から社会に変化を与え続けました。
東日本大震災でも様々な大切な活動を縁の下で支えられご尽力をされていらっしゃいました。しかし無理が重なり体調を崩され、還暦を迎えられた秋に全ての活動に終止符を打ち静かな生活を送るという選択をされました。
バウさんは、神戸での活動を終えた後、『OPEN JAPAN』という名前で「開け、ゴマ!」と言わんばかりに、日本を開くための多様なプロジェクトを推進し、また様々な活動の側面的な支援をされてきました。
私は、神戸元気村の活動を終えた後のバウさんと出会い、数々のプロジェクトをご一緒させていただく中で、本当に大切な事をたくさん教えていただきました。私にカーシェアリングの取り組みを提案してくださったのも何を隠そう実はバウさんなのです。
【生きる】
http://www.peace2001.org/
私達のロゴは巨大な日の丸を底辺から支える事を表現しています。
(「月とカヌー」の匠さん作)
一言で言うと『縁の下の力持ち』です。それは、私たちが行う活動の基本的な姿勢であり、これこそバウさんから教えていただいた生き方そのものなのです。
更新されなくなったバウさんのサイトを、これからの未来を作る私達自身が更新していきたい!つまり、そんな気持ちを持った人たちも、私たちのメンバーの中に少しいるのです。
最後に、バウさんがいつも私たちに語ってくださった言葉を紹介したいと思います。
『夢を持とう、夢の中に全てある』(山田バウ)
東日本大震災以降のOPEN JAPAN活動地域(抜粋)
各災害において重機などを用いた技術系支援、炊き出し、物資支援、各種コーディネート、
ローカルコミュニティ構築、ボランティアセンター支援等を行政・社協と連携し展開する。
2011年平成23年
3月 東日本大震災(宮城県石巻市、他)
7月 新潟県・福島豪雨(福島県金山町)
9月 紀伊半島豪雨(和歌山県那智勝浦町、他)
2012年平成24年
5月 つくば市竜巻被害(茨城県つくば市)
7月 九州北部豪雨(熊本県阿蘇市・南阿蘇村、他)
2013年平成25年
8月 岩手県央豪雨(岩手県雫石町)
10月 台風26号土砂災害(伊豆大島)
2014年平成26年
2月 豪雪被害(埼玉県秩父市・山梨県)
8月 広島土砂災害(広島県広島市)
11月 神成断層地震(長野県白馬村)
2015年平成27年
4月 ネパール大震災(ラプラック村・ブンガマティ村)
9月 関東東北豪雨(栃木県鹿沼市・茨城県常総市)
2016年平成28年
4月 熊本地震(南阿蘇村・西原村・益城町・熊本市・阿蘇市、他)
8月 台風10号大雨被害(北海道南富良野町・岩手県岩泉町)
2017年平成29年
7月 九州北部豪雨(福岡県東峰村・朝倉市、他)
9月 熊本地震 南阿蘇地獄温泉復旧プロジェクト
2018年平成30年
5月 秋田市水害(秋田県秋田市)
6月 大阪府北部地震(大阪府茨木市、高槻市)
7月 西日本豪雨(愛媛県西予市・宇和島市)
9月 北海道胆振東部地震(北海道厚真町・むかわ町)
2019年令和元年
8月 佐賀豪雨(佐賀県大町市、他)
9月 台風15号災害(千葉県鴨川市、他)
10月 台風19号災害(宮城県丸森町、茨城県大子町、他)
2020年令和2年
7月 令和2年7月豪雨(熊本県人吉市、球磨村、相良村、他)
2021年令和3年
2月 福島沖地震(福島県新地町、宮城県山元町)
7月 熱海土石流災害(静岡県熱海市)
8月 8月豪雨(佐賀県大町町・武雄市・嬉野市、他)
2022年令和4年
3月 福島県沖地震(宮城県丸森町・角田市・山元町、福島県新地町)
7月 7月豪雨(宮城県大崎・松島市)
8月 8月豪雨(山形県川西町・飯豊町、秋田県上小阿仁村、新潟県村上市、青森県鰺ヶ沢町・弘前市他)
8月 台風15号支援 (静岡県磐田市・川根町・藤枝市・島田市・掛川市・川根本町他)
2023年令和5年
5月 能登半島地震(石川県珠洲市)
6月 台風2号(茨城県取手市)
7月 7月豪雨 (福岡県東峰村、久留米市、静岡県、佐賀県唐津市他)
8月 秋田県豪雨 (秋田県秋田市、五城目市他)
2024年令和6年
1月 能登半島地震(能登町・七尾市・穴水町・珠洲市・輪島市)※現在継続中
8月 山形秋田豪雨(山形県酒田市・遊佐町)
9月 能登半島豪雨(能登町・七尾市・穴水町・珠洲市・輪島市)※現在継続中
2025年 令和7年
8月 8月豪雨・台風/竜巻被害(秋田県仙北市・鹿児島県霧島町・南さつま町、静岡県牧之原市・吉田町他)
団体情報
| 団体名 | 一般社団法人OPEN JAPAN (2012年3月11日、ボランティア支援ベース絆より改称) |
|---|---|
| 代表 | 吉澤武彦 |
| 理事 | 吉村誠司・木村とーる |
| 住所 | 〒986-0813 宮城県石巻市駅前北通り1丁目5-23 |
| 連絡先 | 電話 0225-92-7820(FAX共通) E-mail info@openjapan.net |
| 財務・決算情報 | こちらのページからご覧下さい。 |
| アクセス | 石巻駅を出て南北自由通路(愛称:ステーションブリッジ)を北側へ渡り、徒歩5分程度です。 |


