【令和6年能登半島地震】支援活動レポート 6月8日~15日
【令和6年能登半島地震】支援レポート 6月8日~6月9日
各地から仲間が集まってくれています。
特にサロン系や傾聴を行う仲間たちも集まってくれて、町内あちこちをお邪魔しています。
先日まで参加して現場にもサロンにもいってくれた大学生のななみが感想をくれました。
アースデイでブースに来てくれたファミリーで、妹の高校生姉妹もすでに2回参加、本人も別団体での炊き出しを経てOJに参加してくれました。
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オープンジャパンさんでボランティアに参加させて頂いたのは初めてで、能登に来たこと自体は2回目でした。
今回の期間では、現地の人と関わらせていただく機会が多かったのですが、とても切なく心苦しいなって感じることが多かったです。
カフェで現地の方とお話した時にはメディアでは聞くことのできない現実。
家財出しで伺った時には大切だから長年保管してたものを、倉が崩れて保管できないから処分するしかない。
それを”いらんいらん”って手放していく姿。
半年経とうとしてるいるのに、様々な問題抱えているのに、全然報道されずに孤独になっていってる現状に心苦しく感じました。
だからこそ、その現状を忘れることなく自分に出来ることが何かを考え行動するのが大事だなって思いました。
【令和6年能登半島地震】支援レポート 6月10日~6月12日
こころによりそう活動を
今週は各地からソフト系支援を行ってくださる仲間たちが集まっています。
長野県からは災害支援信濃町連絡会が主催し、美しい5重奏のミニコンサートを能登の各地で開いてくださいました。
能登中学校では町内の小中学生が集まって聞いてくれました。
クラシックのほかに、みんなが知っているメロディーもたくさん演奏してくださり、最後には全員で「翼をください」を歌いました。
入居が始まったばかりの仮設住宅でも同様にコンサートを開催。
集まってこられた住民さんたちに長野名物「おやき」のふるまいもあわせて楽しんでいただきました。
懐かしいメロディーも演奏してくださり、住民の皆さんと「上を向いて歩こう」を歌いました。
「知らない環境に引っ越してきて不安な心が落ち着いた」と言われた住民さんの言葉が印象的でした。
同時にエステティシャンのみなさんからなるNPO法人、ソシオの杜のみなさんも前回に引き続きサロンを開いてくださいました。
熊本益城町からは住民のみなさんで仮設団地を自治運営していた吉村静代さんたちも再び能登入り、あちこちまわってくださっています。
仙台傾聴会のみなさんも合流され、仮設などをまわりながら住民さんの声を聴いてくださいました。
また美容ボランティアのコンセントでいつも参加してくれる美容師二人組も愛媛から合流。カットボランティアの合間に砂利ならしの活動にも参加してくれました。
あちこちから多様なスキルや経験をもった仲間たちが能登を目指して集まってくれました。
インフラや家屋の復旧も、私たちボランティアがてがけるのはその先にいる人たちの心の支えとなることを目標としています。
重機も、楽器も、マッサージも、ハサミも、すべては同じ目的に触れるための大切な手段です。
「その先の笑顔のために」それぞれの持ち場で活動しています。
【令和6年能登半島地震】支援レポート 6月13日~6月15日
宮城県女川町からサンマとホタテを届けてくださいました。
女川町から軽トラにつんで2名の方が駆けつけてくださり、フェニックス救援隊と開設されたばかりの仮設住宅で炭火焼にしてお配りしました。
七尾市のボランティアキャンプでボランティアへの賄い炊き出しを続けておられた久保さんも合流。たけのこごはんとほうれんそうのおひたしを作ってくださいました。
OJは熊本県益城町からこられた「益城大好きプロジェクト・きままに」の吉村静代さんたち3名の方といっしょに元気鍋を作りました。仮設住宅の皆さんと一緒に野菜を切り出し、各地から集まったごちそうをお配りできました。
女川の阿部さんは、ご自身が東日本大震災で被災された当時のお話をしながら、「がんばれとはいいません、だってみなさんもうがんばっておられるから。私たちも大変でしたが、今は笑うこともできます。きっといつか笑える日が来ます。だからただ、負けないで、とだけお伝えしたいです」と仮設のみなさんにむけて語り掛けられました。
昼食後は益城町の吉村さんが、熊本地震で最大の仮設で住民自治による自立した仮設運営の体験を写真を交えてお話ししました。
避難所から仮設への移り変わり、経験者同士だから分かり合えるお話を聞きながら、住民さんたちも大きくうなずいておられました。
被災地から被災地へ。おいしいごはんと、あたたかいみなさんの心がつながっていくひとときとなりました。
「またきてね!」と仮設の皆さんがおっしゃってくださいました。
地震から半年近く、がんばりつづけてきたみなさん。
長く続く復興への道のりも必ず乗り越えられると経験者から具体的に伝えていただきました。
女川の皆さんは翌日も珠洲の仮設住宅にてサンマを提供され、帰路へつかれました。
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