
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援活動レポート 7月2日~8月1日
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援レポート 7月2~3日
キリコ祭りが有名な能登半島。
それぞれの町に祭りがあり、半島では一年を通じてどこかで祭りが行われています。

そのキリコ祭りの口火を切るのが私たちが一年半暮らしている能登町宇出津(うしつ)です。
地震直後からここではお祭りのお話ばかりよく聞きました。
昨年も地震のあと万難を排して挙行されました。
地域のコミュニティ力の強さはここからきているのだと思います。

1,2日には子どもキリコが行われました。
いつもはかわいらしい現代っ子のみんなですが、お祭りになると大人顔負けの迫力、言葉遣いもがらっとかわって子どもたちが自分たちでお祭りを作り上げています。
大人たちはそれを周りから支え、見守っていました。

3日には新造キリコと呼ばれるお祭りがありました。
宇出津では40基ほどのキリコがでますが、町内で新しいキリコを迎えると行われる慶事です。
宇出津の大橋組では18年ぶりにキリコを新造、地震後初となる新造キリコを担いで町中を練り歩きました。

道々では明日からの本番に向け、それぞれの町内のキリコを組み立てていました。
若者たちが先輩に組み立て方を習いながら、一年、また一年と伝統を紡いでいるさまが見えました。
私たちは加勢が必要な町内に担ぎ手のお手伝いで参加します。

今まで能登に通っていた仲間たち50名が集まっていっしょにキリコを担ぎます。
また昨年に引き続き、合同よばれを行います。
お祭りでは「よばれ」といって各家庭で親類や友人縁者を招いて自宅を開放し食事をとる習慣があります。
地震でそのよばれを行うことができない方や遠方から参加される方のために地元の皆さんといっしょに広場で屋台を出します。
会場を重機で整地して、設営を行い明日に備えています。
地元団体で私たちの重機活動に参加したり、重機の講習なども行っている新村新友会のみなさんと連携し、日本財団HEROsのみなさんやキャンドルジュン氏のLFNをはじめとする仲間たちも一緒によばれを行います。
町がいちばん盛り上がるとき、あばれの祭りと、そこにこめられている祈りを思いながら私たちも本番、一緒に盛り上がってきます!
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援レポート 7月4~6日
「弥栄やっさい」
今年も「あばれ祭り」がやって来ました。
宇出津の方々がこの日のために1年間走り続けたといっても過言ではないお祭りです。

今年は地震後初の新造ギリコが出たり、去年参加できなかった町内も今年は出陣し、大いに盛り上がった二日間でした。
OPEN JAPANの愉快な仲間たちも全国から約60人ほど駆けつけ、去年とは違いたくさんの町内の担ぎサポートに参加し、また去年に引き続き合同よばれも行いました。
たくさんの人と炎と太鼓、鐘や笛の音で町中が一気に活気付き、「災害なんかに負けるわけないわいね」と神様に言ってるように感じました。

とある住民さんの言葉で「地震はあばれと一緒やわいね。またぼれたら(壊れたら)自分たちで治していく。神輿もそうやって毎年やっていくがいね。」って言葉が本当にその通りだなと思います。

祭りがあったから、地域で助け合い事ができた。
祭りがあるから、みんな能登を離れずにこの街に残る理由になった。
祭りがあるから、能登が前に進めた。
など祭りの素晴らしさを改めて実感することができました。

神輿を見るたびに涙が溢れ、地震があったけど能登に来るきっかけが出来たし、能登に来れたらあばれ祭りやいろんな祭りに触れ合うことができ、たくさんの方々と出会えることが出来たことを本当にありがたく感じました。

一度でいいから能登へ足を運んでみて下さい。こんなに素敵で面白い場所をぜひ自分の目で確認しに来てください。それが能登の復興に繋がることだと思います。
祭りのようにみんなで手を取り合い、励まし合い、想い合い、そうやって今後の災害もみんなでやっていける日本になって行きたいし、そうしたいです。(りき)
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援レポート 7月7~10日
能登町宇出津ではあばれ祭りが終わりゆっくりモードに。
ベースも一気に人が減り、少人数となりました。

さすがに体力を使い果たした数日間、ちょっとゆっくり休もうかとペースダウンを考えていたそんな折。
しばらく海面が高い状態がつづいていましたが、高潮がおこり町中で数か所浸水する被害がありました。

地域の皆さん、役場、社協と連絡を取り合い私たちもいるメンバーとタビイクの仲間で町中をみまわりました。
現在生活されているお宅では2軒顕著に水が入っていたので水出しのお手伝い。
海沿いのお宅にはポンプをお貸ししてしばらく見回りをしています。

「11月にならんと護岸の矢板が入らんっていわれてな、それまで何回かこんなことがあって、濡れた土地で住めんって引っ越した人もおるよ」
「でも誰もおらんくなったら祭りも続けられんし、さびしいもんなぁ」と笑いながら住民さんが話してくれました。

地元の新村新友会のみなさんと水防土のうを作って町中に設置しました。
少しづつ潮位はさがっていますが、大潮がまだ続くので見回りを継続します。
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援レポート 7月11~18日
メンバー各地に散っており能登での活動は11~13日はお休みでした。
14日からラブ&アースのみゆきさんを中心に各地でサロンやワークショップ。地域の皆さんが自発的に動かれているコミュニティづくりにもお手伝いに伺っています。

能登町で活動されている支え合いセンター生活支援相談員の研修会にも招かれ、地元美容師のまれちゃんと一緒にパラコードストラップ作りとサロン運営の実演を行いました。
またOJベースではヨモギオイルのワークショップを開催し、住民さんんたちが参加されました。
能登の豊かな自然を使って、地域の皆さんが自分たちで集まりを開いていくきっかけづくりとなっています。

また過日には能登町で私たちがとてもよくしていただいていたおばあちゃんが天寿を全うされました。
お通夜に参列いたしましたが、ボランティアがくるといつもその様子を電話で喜んで話しておられたことを遠くに住んでいる娘さんからお伺いしました。
いつも以上に長く活動させてもらっている能登です。
支援活動だけではなく暮らし、お祭りなどを通じてご縁もあちこちで深くなりました。
必要なこと、やるべきことは行いながら、地域の方ご自身が動いていかれるお邪魔にならないよう、いましばらく能登での活動をつづけていきます。
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援レポート 7月19~22日
あばれ祭りを皮切りに能登半島では各地でお祭りが続いています。
19日には昨年に引き続きベースのあるお隣の地区、真脇のキリコを担がさせてもらいました。

真脇のキリコ祭りは奉灯がかざられ、夜の海辺の町に華やかに揺れながらお神輿と町内を行き来していきます。
昨年は4基でしたが、今年は6基のキリコが動きました。

昨年は通れずに引き返した土砂崩れした道も工事中でしたが無事に通過することができました。
地震の直後から炊き出しに伺い、それから家屋の応急復旧やサロン、重機での土砂撤去などでよくお邪魔しているところです。

太鼓や鐘の音に合わせて住民の皆さんが沿道にでてこられ、あちこちで「あら、担ぎに来てくれたの」とお声をかけていただきました。
能登町で公費解体に従事する解体業者のみなさんも応援にかけつけてくださり、地元の方、業者の方、ボランティアいり混じりながら夜半まで担ぎつづけました。

チーム橋の下もかけつけて、真脇の翌日には珠洲市飯田の灯篭山(とろやま)祭りでの合同よばれにもお料理をふるまいにいかれました。
能登はこれから秋までどこかで必ずお祭りを行っています。
みんな自分の地域のお祭りをとても大事に、そして楽しみにしておられる様子が肌で感じられる時期です。

お祭りの翌日は日付指定のブロック塀解体へ。
前日夜中までキリコを担いだうえに高温の気候。

休み時間を多めに取りながらニーズを完了できました。
さすがにその翌日は1日お休みにして、地元の皆さんとベースから車で10分の浜辺で海水浴をしながら羽根をのばしました。

ベースではコンテナの返却もはじめました。長らく使ってきましたが、活動のフェーズ移行に伴い片付けやレイアウトの変更も行っています。
できることをやりながら、次の備えもしながら、地域の皆さんと盛夏の能登を過ごしています。
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援レポート 7月23~24日
能登町で開催された日本財団による自治体職員向けのシンポジウム、
「災害時における共助の活動手引き」に私たちも参加いたしました。

まずはJUMPの千葉さんから、能登で実際にできたことや、他の被災地での事例などを資料とともに丁寧にご説明いただきました。
その後のグループワークでは、
「能登半島地震の際に官民連携でできたこと・できなかったこと」について、緊急期・応急復旧期・本復旧期に分けて意見交換をしました。

自治体職員の方々ならではの視点や現場でのリアルな声が印象的で、
「この時期にトレーラートイレが来たよね」
「情報共有会議が早くできたおかげで連携が進んだ」
「支援の調整が本当に大変だった」
「給水車の配置、もっと工夫できたかも」
などの具体的な振り返りがあり、私たち自身も発災当初の状況がよみがえりました。

こうした場が全国の自治体にも広がっていけば、
日頃の”備え”や“構え”につながるはず。
今後のために、行ってきたことを官民いっしょに振り返ることの大切さも感じました。
とても意義深い時間でした。
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援レポート 7月25~28日
ドルトン東京学園の高校生たちが昨年に続き今年も能登に来られました。
昨年来てくれた生徒さんもおられ、継続した取り組みをされておられます。

今年は自分たちでスケジュールを組みながら能登の各地を見て回り、お祭りなども見学にいかれました。
空港で1時間ほど、到着時のオリエンテーションを兼ねて私たちとお話しする機会を設けてくれました。

みなさん積極的に質問してこられ、それぞれ地元での防災意識も高く、能登ですごす時間がきっと有意義なものになったと思います。
また昨年参加された生徒さんが東京でチャリティーコンサートを開かれ、能登のために募金を集めて私たちに寄付してくださる取り組みもされていました。高校生の行動力に感謝です。

能登町では土砂撤去案件が始動。少人数ですがコンテナを返す段取りとあわせながら重機チームが活動しています。
週末には福島県いわき市から災害支援ネットワークいわきのみなさんがきてくださいました。
地震後の昨年2月にチーム橋の下を通してボランティアにこられた方が、写真展を地元で開かれてその際に販売したグッズの収益を寄付するためにベースまでおいでくださいました。
また仲間たちから能登の子どもたちのイベントのために支援品がつぎつぎと届いています。
現場にいられる時間は人それぞれですが、気持ちはいつもいっしょにいてくださっているのだと心強く、ありがたい思いでいっぱいです。
【令和6年能登半島地震・豪雨】支援レポート 7月29~8月1日
地震の発生から1年7か月、豪雨からは9か月余りがたちます。
朝礼では黙とうから1日をはじめました。
カムチャッカ地震による津波警報、台風の接近とあちこちで緊張する時間がありました。
真夏の避難、それぞれの場所でいろんな課題もあったと思います。
いつ起こるかわからない大災害に向けて、その課題を地域みんなで共有し改善していくことが大切だとあらためて思わされました。

能登町では重機ニーズが継続中です。また何度か通っていたお宅で最後のブルーシート張り、おうちの方から感謝の言葉をいただきました。
お米作りを生業にされておられますが、地震、豪雨と来て今は渇水に悩まされておられます。
それでもずっと田んぼを続けていかれるお姿に力強さを感じました。

少人数で炎天下での活動が続きますが体調と安全に気を付けながらニーズをすすめています。
お盆の前後は活動休止の予定です。9‐16日ごろを想定しています。
また13~15日には能登支援の仲間である「橋の下世界音楽祭」にブース出展予定、またあらためてお知らせいたします。
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。



この記事へのコメントはありません。