【令和6年能登半島地震】KEENによる子供靴配布 1月19日

【令和6年能登半島地震】支援レポート 1月19日

こどもたちがわらえる日々を

発災から3週間近くが経とうとしています。
電気は少しづつ通り始めていますが、いまだ水が出ないところがおおく、道路の寸断や路面のダメージも解消されるには時間がかかりそうです。
「なかなか緊急期が終わらない」、いままでの災害に比べてそう思えてしまう状態です。
外部支援のわたしたちがそう思うのですから、住民の皆さんの心境はいかばかりかと思います。

私たちのパートナー、シューズメーカーのKEENジャパン。
1月1日の発災に伴い、正月休み中にもかかわらず、初動に走る私たちに支援の申し出をくれました。
そして16日からはKEENの災害支援チーム3名が子供用の冬靴500足を携え、能登町へとこられました。

現地入りに際しては慎重を期し、能登町行政および教育委員会に必要性を打診、「ぜひ子どもたちに届けてほしい」との回答をいただいてから石川に向かってこられました。

一陣到着時にはまだ学校が始まっていないため、避難所をまわりながら子どもたちに靴をお渡ししました。
学校がはじまってからまた第二陣、第三陣を派遣して配布を続けていかれます。

子どもたち、最初はいぶかしげにしていましたが靴を履いてみるとみんな笑顔で駈けだしたり踊りだしたり。
「これから二次避難で金沢に行くんです。どんな格好して行っていいかと思っていたから嬉しい」。
お母さんと離れて金沢へ行く中学生の女の子がそういって靴をもらってくれました。

「私ももらっていいですか」とおずおず来られたお母さん。二人の子供をおんぶとだっこしておられましたが、子どもは素足でした。
ちいさな足に靴をあわせるとばたばたといやいやをしていた赤ちゃん。でも靴を履くと暖かくなったのかそのままおとなしく背中で眠り始めました。

炊き出しのお手伝いでうかがった神社の境内。運動会テントにブルーシートの横幕を張った中で地域の皆さんが肩を寄せ合って炊き出しを待っておられました。
そこでも子供たちに出会い、さっそく靴をお渡し。子どもたちを地域全体で育てておられ、コミュニティのつながりの強さを感じます。

そうしていると崩れた鳥居の向こうからお祖母さんに抱っこされた生まれたばかりという赤ちゃんがやってきました。お母さんも一緒です。
「ファーストシューズをあげたい!」とKEENのメンバーが一番小さなサイズの靴と2番目に小さなサイズの靴をプレゼント。

日が落ち寒さがつのりはじめた被災した神社の境内、そこに一気にあたたかい笑顔がほころびました。
たくさんの物資が能登半島に集まっています。日本全国から善意が届いています。
課題はそれをいかに地域全体のみなさんに手渡していくことができるかです。

そんな中、行政と連絡を取って現地に入り、学校や避難所を調べ、子どもたちの足をひとりひとり計測し、靴を手渡していくことで、物資の配布をこえた心のやりとりが生まれたように思います。

「ずっとOPEN JAPANと一緒に活動してきて、私たちもただのゲストではなく、仲間として自分たちで行動し会社のできることを考えました。石川に入るには慎重論もありましたが、ニーズがあり、マッチングできるパートナーもいることで必要な人にいきわたる支援ができると思いました。
住民さんひとりひとりと出会い、体温を感じながらこれからもできることを続けていきたい」。

とKEENのメンバーが語ってくれました。

避難所や学校を回りましたが、どこでも子どもたちが笑うとまわりの大人たちからも微笑みがこぼれ、つかれた雰囲気がただよう空間がゆるんでいくのがありありと感じ取れました。

地域の宝である子どもたちが二次避難で故郷を離れていきます。また残っている子どもたちもそれぞれに生活がはじまっていきます。

「命をつなぐ」ことを目的に炊き出しや調査、打ち合わせなど細かく足を運び、住民さんと、行政と、仲間たちと、日々活動を続けています。

たくさんの方々に出会う中、地域の未来そのものである子どものみんなに出会い、その笑顔に出会えたことで私たちが励まされました。

これからもKEENのみなさん、支援してくださるみなさん、そして仲間たちと活動を続けていきます。

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