この先の笑顔のためにvol,005「床下から見えている、明日。」 球磨村滞在記(2/3)

床下から見えている、明日。

目の前に、壁や扉を外し、柱と屋根だけにした家がある。畳も床板もはがされ、大引きや根太の下に泥の塊が積まれている。
8月25日から3日間、床下の泥出しを初めて体験した。日本財団の職員お二人、国際ボランティア学生協会(IVUSA)のOBお二人をはじめ、ご一緒したみなさんに感謝します。

球磨川と支流川内川の合流付近に建つこの家は、2階の床上まで水が上がった。構造自体は無事だった。ご一家はリフォームして暮らし続けるという。

水に浸かった家の再生には、最低でも2カ月が必要だ。畳を外に出し、まだ使い続けられる家財も出して洗浄。さらに壁と床も剥ぎ、床上・床上の泥を搔き出し、柱や鴨居にこびりついた泥をブラッシング、最後に消毒をして、リフォームの工程へと引き継いでいく。とくに床下の泥を放っておくと、カビが繁殖し、健康被害も招いてしまう。床下の泥出しは欠かせない行程なのだ。

50cmの闇の中にダイブ。 


今日も暑くなる。日差しが痛いぐらいに照りつける。防災無線から、熱中症対策のアナウンスが流れていた。かんかん照りの日差しの下から家に上がると常に涼しい風が吹いてくる。

ヘルメットをかぶり、カッパを着込み、長靴を履き軍手をして、高さ50cmほどの隙間に 腹ばいで潜りこむ。これには少々勇気が必要だった。初めてプールにダイブしたときの、あの感覚だ。

暗闇の中に首をつっこむと、カラダが自然にポジションを探り出すが、思うように動けない。暗闇の中で溺れるように息苦しくなり、恐怖を感じて一旦脱出した。

閉鎖された空間で作業するには、それなりの設備が必要だ。
酸欠にならないように送風機で風を送ってもらい、投光器で中を照らす。こうして初めて、不安を排除できる。

再び体勢を整え、ゴソゴソと潜り込んだ。今度は平気だった。コンクリートが打たれ、高さ50cmを確保した空間は、潜るには恵まれた空間だと後で知った。30cmもない場合が多いという。

この泥は、どこから来たのだろう?


投光器で目の前の暗闇に光を当てると、10cmほどに積もった生クリーム状の泥が視界に飛び込んでくる。これを搔き寄せて手蓑(テミ)に乗せ、2-3人のリレーで外に運び出すのだ。

なかなかの重労働になる。
腕全体をワイパーのようにして、目の前の泥をできるだけ遠いポイントから掻き寄せる。 この中にガラス片が紛れていたりしたら危険だ。破傷風の心配もある。

でもなぜか泥以外の混入物がない。嫌なニオイもしない。

「床下に入る前は臭いが気になっていたが、そんなに感じなかった」

と、一緒に作業した日本財団のNさんも思ったそうだ。

この泥はどこから来たのだろう?と、ふと思う。

山だ。

このエリアに流れ込んだのは、球磨川支流の川内川の水だ。神瀬集落の裏山から流れ、上流には周辺のいたるところに湧き水がある清冽な流れだ。

地上に出てから集落までわずかな距離しかない。混ざるものが少ないミネラルウォーターそのものの、山の水だ。集落を潤し、球磨川を豊かな流れに変えてきたその水が、集落を飲み込んだ。

恐ろしいし、水が憎いと思う。しかし水そのものに罪があるわけもなく、川を暴れさせたのは、これまで誰も経験したことがなかった規模の雨量だ。その雨量は、神瀬の自然が許容できる範囲を超えた暴力的なものだった。

上空から動こうとしない梅雨前線に南から押し寄せたのは、異常な高温に暖められた海水から立ち上った大量の水蒸気だ。その原因を作ったのは、もちろん我々人間だ。日本を含む先進国が化石燃料消費で排出する膨大な量の温室効果ガスが海面温度を上げ大量の水蒸気が生まれ、それが九州南部一帯に降り注いだ。

バトンを、その土地の仕事に。


床下は一旦建物が建つと、外から全く見えない空間になる。そこには家の機能を支える様々な配管が地上に打たれたコンクリートに留められてあり、潜り込んでくる濁流からしっかり守られていた。丁寧な仕事をあたりまえのこととして受け継いできた、この土地の職人仕事を思う。

大量生産、大量消費で回してきた経済の仕組みがもたらした禍に耐えたのは、その土地の小さくて丁寧な仕事だった。

泥出しに入った時、OPEN JAPANに参加する大工職人のやっさんが柱や鴨居を丁寧にブラッシングしている最中だった。いずれこの地を去る職人として、この家の再生を願うご家族の想いを、土地の職人に託す。

ブラッシングのひと掃きひと掃きは、そんな職人同士の無言のメッセージかもしれない。


作業が終わり、このお宅の庭の井戸水で合羽の泥を洗い流した。集落全体で山から引いてくる水道はまだ使えなかったが、こちらの井戸は早く復旧していた。

汗と泥にまみれた全身に冷たい水が気持ちいい。あたりまえであることが、とても贅沢に感じる。この感覚を体に記憶し、忘れないでいようと思った。

(写真・文:井上 伸夫 / 写真 : Paulo Shaul Fukuchi)

井上 伸夫 NOBUO INOUE / 環境コピーライター
プロフィール
博報堂に出向コピーライターとして5年間、その後フリーとして大手企業の広告、ブランディングに多数関わる。3.11を契機に、そのスキルを生かして、環境、オーガニック、地域経済循環に携わる事業を支援する「マタタビ制作所」をスタート。良い商品やサービスを持ちながら予算も知名度も大手に及ばない小さな会社こそ社会に知られるべきとPRを生かしたブランディング / マーケティングも開始。

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