この先の笑顔のためにvol,002「美しい場所ほど、壊れやすい」 球磨村滞在記(1/3)

電線にからまる木の枝。大穴が空いた家の壁。
横倒しの軽トラ。川へ落ちそうなレストラン。

8月24日。球磨川沿いの国道129号線を走るひーさんの車から見た光景だ。発災から2カ 月が経っていた。にも関わらず、災いが昨日襲ったかのような手つかずの惨状が流域全体 に伸び、暮らしを支えるインフラのほとんどが機能を失くしていた。

PCR検査で陰性を確認した後、この日から1週間、僕はOPEN JAPANのメンバーと一緒に球磨村神瀬(こうのせ)地区のボランティアベースに滞在した。ほんの少しだが活動にも参加した。そこで見たこと聞いたこと、考えたことを、書き留めておこうと思う。

水に浮いた畳。母が乗っていた。

Eさんご一家は、僕が床下の泥出しを手伝わせていただいたご家族だ。ご自宅の敷地で自動車修理を営んでいらっしゃる。

Eさん達ご一家が異変に気づいたのは7月4日の朝方だったという。前夜から心配で寝つけなかったEさんは奥様と2階にいたが、朝方異常な水の音に気づき1階に駆け下りた。 80代のお母様が階下の自室で寝ていたからだ。

1階はすでに膝下まで水が上がっていた。そして部屋中の畳が水に浮いているのを見た。 お母様はその浮いている畳の上にへたり込んでいた。布団の上で起き抜けの様子だった。 水位があまりに早く上昇し、逃げ遅れていたのだ。Eさんはそのまま畳を階段の下まで引っ張り、お母様を抱えて2階に逃げた。水は2階まで追いかけて上がってきた。

命を救った子供達のプール。

その頃、球磨川支流の川内川が流木で堰き止められ、Eさん宅がある集落一帯に濁流が押し寄せていた。逃げ遅れて屋根の上で助けを求めている人もいた。この時、消防団の男性 が高台の神瀬保育園にある小さな簡易プールをボートがわりにして、屋根に避難した人た ちを保育園まで避難させた。

このときのことを報道番組が取材し、今youtubeで見ることができる。

保育園の隣にある神照寺の住職Iさんに案内され、そのプールを見せてもらえた。「こう のせほいくえん 120メイヒナン」と上空のヘリに無事を伝え、大きく報道された園庭の隅に、この小さなプールが置かれていた。2m四方ほどのブルーの箱が、40人以上を救った。Eさんご一家は、自衛隊のヘリで救助され、無事だった。

826日に、球磨村の北隣り、八代市坂本町へ向かった。神瀬から八代市に向かって291号線を走る。球磨川の対岸をJR肥薩線が走っている。

いや正確に言えば「走っていた」。

運が良ければSL観光列車が走る姿が見られたはずの線路は飴のように曲がり、道床の土は削られ鉄橋が落ちていた。坂本の町は、過去の球磨川の氾濫を受けて、かさ上げされていたという。だが、僕が見た町の光景は、その事実をかき消すかのような惨状だった。

球磨川は なぜこんな暴れ方をしたのだろう

観測史上 1 位の降水量は球磨川を13箇所にわたって氾濫・決壊させた。支流の氾濫に至っては数知れない。

その結果、死者・行方不明者は、球磨村25人、人吉市20人、芦北町12人、八代市5人という痛ましい結果を生んだ。お亡くなりになった方のご冥福を祈らずにはいられない。

球磨川を氾濫させた豪雨は、積乱雲が束状に生じる線状降水帯が原因だという。

海水温が 高い南シナ海と東シナ海から流れ込んだ大量の水蒸気が低気圧にぶつかり積乱雲の束が生まれた。大気中の温室効果ガスが海水温を上げて、これまでとはケタ違いの水蒸気が発生していたと考えられている。

今温暖化は、もとの地球環境に戻れなくなるギリギリの状況で、化石燃料すべてのロックダウンが必要、というのがパリ協定後の世界の共通認識だ。

美しい場所ほど、壊れやすい。

自然エネルギー電力は発展したが、エネルギー需要は相変わらず増えていて、自然エネル ギーの進展を帳消しにしている。IEA(国際エネルギー機関)は、コロナ禍による経済停 滞が2020年のCO2排出量を最大8%減少させると予測したが、2019年の排出量は過去最大であり、この減少は一時的なものだ。

パリ協定の目標を達成するためには、少なくとも年率7.6%の減少が今後10年間以上継続する必要があり、すべての分野でエネルギー効率化と自然エネルギー利用へ急速に移行す ることが必要だ。

被災した人にとって切実なのは、豪雨の原因を憂うることではなく、1日も早い生活再建とインフラの復興だ。とはいえ、根本原因を探り具体的な解決策をとらない限り、同じ気 候災害が繰り返される。

[参照]
REN21「自然エネルギー世界白書2020
https://www.isep.or.jp/archives/library/12644

26日の深夜2時ごろ、いきものの大きな鳴き声で目が覚めた。

「ケーンケーン」という鳴き声が、僕らが寝泊りするベースの裏山からきこえてくる。誰かが「鹿だね」と言った。人が暮らす目と鼻の先に野生がある。いや、ここでは野生の中に人も生きているというべきか。野生のバランスが絶妙に保たれている美しい場所ほど、 壊れやすい。

闇の中に昼間の熱気が残っている。球磨川のほとりまで歩いた。ふと見上げると、無数の星が瞬いていた。

(写真・文:井上 伸夫 / 写真 : Paulo Shaul Fukuchi)

井上 伸夫 NOBUO INOUE / 環境コピーライター
プロフィール
博報堂に出向コピーライターとして5年間、その後フリーとして大手企業の広告、ブランディングに多数関わる。3.11を契機に、そのスキルを生かして、環境、オーガニック、地域経済循環に携わる事業を支援する「マタタビ制作所」をスタート。良い商品やサービスを持ちながら予算も知名度も大手に及ばない小さな会社こそ社会に知られるべきとPRを生かしたブランディング / マーケティングも開始。

マンスリーサポーターになる・単発寄付する

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。